リテンションとは、人事領域では「人材の定着」、マーケティング領域では「顧客の維持」を意味する言葉です。
企業の持続的な成長において、優秀な人材の確保と優良顧客との長期的な関係構築は不可欠な要素といえます。
この記事では、人事とマーケティングそれぞれの観点からリテンションの重要性、具体的な施策、そして得られる効果について、成功事例を交えながら解説します。
リテンションとは?人事とマーケティングにおける2つの意味
「リテンション」という言葉は、英語の”retention”(維持、保持)に由来しますが、ビジネスシーンでは主に人事とマーケティングの2つの文脈で用いられます。
それぞれのリテンションの意味は異なり、人事領域では人材の定着を、マーケティング用語としては既存顧客の維持を指します。
自社がどちらの課題に直面しているかによって、とるべき戦略も変わるため、まずはそれぞれの意味を正しく理解することが重要です。
人事領域におけるリテンション:人材の定着
人事領域におけるリテンションとは、企業にとって価値のある人材を組織内に留めておくための取り組み全般を指します。
具体的には、従業員の離職を防ぎ、定着を促すための施策を意味します。
少子高齢化による労働力不足が深刻化する現代において、優秀な社員の流出は企業の競争力低下に直結しかねません。
そのため、働きがいのある環境を整備し、従業員のエンゲージメントを高めることで、人材の定着を図るリテンションマネジメントの重要性が増しています。
マーケティング領域におけるリテンション:顧客の維持
マーケティング領域におけるリテンションとは、一度自社の製品やサービスを利用した顧客との関係を維持し、継続的な利用を促す活動を指します。
これはリテンションマーケティングとも呼ばれ、既存顧客との良好な関係を築くことで、長期的な収益の安定化を目指すものです。
一般的に、新規顧客を獲得するコストは既存顧客を維持するコストよりも高いとされており、効率的な事業成長のためには、顧客の離反を防ぎ、LTV(顧客生涯価値)を最大化する施策が不可欠です。
マーケティングとは、顧客との関係を構築し維持する活動そのものといえます。
企業がリテンション戦略を重視するようになった背景
近年、多くの企業がリテンションを重要な経営戦略の一つとして位置づけるようになりました。
その背景には、社会構造の変化や市場環境の変動といった複数の要因が絡み合っています。
人事とマーケティング、それぞれの領域でリテンションを重視せざるを得ない状況が生まれており、対策を怠ることは事業継続における大きなリスクとなり得ます。
ここでは、企業がリテンション戦略に注力するようになった目的と背景を解説します。
【人事】労働人口の減少と働き方の多様化
人事領域でリテンションが重視される最大の要因は、少子高齢化に伴う労働人口の減少です。
人材不足が深刻化し、優秀な人材の獲得競争が激化しているため、新たな人材の採用が非常に難しい状況にあります。
また、働き方の価値観が多様化し、特に若手社員を中心に転職への心理的ハードルが低下しています。
これにより、些細な不満が退職につながるケースも増えました。
企業としては、時間とコストをかけて育成した若手の流出を防ぎ、組織力の低下を避けるためにも、人材定着への取り組みが急務となっています。
【マーケティング】新規顧客獲得にかかるコストの上昇
マーケティング領域では、市場の成熟化と競争の激化により、新規顧客獲得の難易度が上がっています。
多くの市場で商品やサービスが飽和状態にあり、広告などを通じて他社との差別化を図るための費用は増大する傾向にあります。
一般的に、新規顧客の獲得コストは既存顧客の維持コストの5倍かかるともいわれています。
そのため、広告宣伝費をかけて新たな顧客を探し続けるよりも、既存顧客の満足度を高めて継続利用を促す方が、効率的に売上を確保できるという考え方が主流になりました。
リテンションを向上させることで企業が得られる4つのメリット
リテンション施策に積極的に取り組むことは、企業に多くのメリットをもたらします。
人材の定着率や顧客維持率の向上は、単にコスト削減につながるだけでなく、組織力や収益性の強化、さらには長期的な成長基盤の構築にも寄与します。
リテンションを高めることで、企業は短期的な課題解決と持続的な発展の両面で大きな効果を期待できるのです。
ここでは、リテンション向上を図ることで得られる具体的なメリットを4つ紹介します。
メリット1:採用コストや広告宣伝費を削減できる
人材の定着率が向上すると、社員の退職に伴う新たな人材の採用活動が不要になるため、求人広告の出稿費や人材紹介会社への手数料といった採用コストを大幅に削減できます。
同様に、マーケティングにおいては、既存顧客が継続して商品やサービスを購入してくれることで、新規顧客を獲得するための大規模な広告宣伝費を抑制しながら、安定した収益を確保することが可能です。
これにより、削減できたコストを他の成長分野へ投資するといった、より戦略的な経営判断がしやすくなります。
メリット2:組織内に専門的な知識やノウハウが蓄積される
従業員が長く在籍することで、個人のスキルや能力が向上するだけでなく、組織全体に専門的な知識やノウハウが蓄積されます。
これにより、業務効率や生産性が向上し、チーム全体の課題解決力も高まります。
マーケティングの観点では、顧客の購買データや行動ログといった情報が長期間にわたって蓄積されるため、より顧客理解が深まり、パーソナライズされたアプローチが可能になります。
こうした無形の資産は、企業の競争力を支える重要な力となります。
メリット3:LTV(顧客生涯価値)を最大化できる
LTV(LifeTimeValue)とは、一人の顧客が取引を開始してから終了するまでの期間にもたらす利益の総額を示す指標です。
リテンション施策によって顧客との良好な関係を維持し、継続的な利用を促すことで、顧客一人ひとりの購入単価や購入頻度を高めることができます。
利用期間が長くなるほど、関連商品への関心や上位プランへのアップグレードも期待でき、結果としてLTVの最大化につながります。
安定した収益基盤を築く上で、LTVの向上は極めて重要な要素です。
メリット4:従業員の満足度が高まり生産性が向上する
従業員の定着率を高めるためのリテンション施策は、結果的に働きやすい職場環境の整備につながります。
これにより、社員の会社に対するエンゲージメントや仕事へのモチベーションが向上し、一人ひとりのパフォーマンスが高まります。
従業員満足度の向上は、組織全体の生産性を底上げするだけでなく、さらなる定着率の改善という好循環を生み出します。
意欲の高い社員が増えることで、組織全体の活性化も期待できるでしょう。
【人事編】従業員定着につながるリテンション施策
従業員のリテンションを高めるためには、多角的なアプローチが必要です。
給与や待遇といった条件面だけでなく、働きがいやキャリア、人間関係といった要素も定着に大きく影響します。
自社の課題を分析し、適切な対策を組み合わせることが重要です。
ここでは、従業員の定着を促進するための具体的なリテンション施策やマネジメント方法について、5つの側面から解説する活動を紹介します。
適切な評価制度と報酬体系を構築する
従業員が自身の貢献に対して正当な評価と報酬を得られていると感じることは、モチベーション維持の根幹をなします。
そのためには、客観的で透明性の高い評価制度の設計が不可欠です。
評価基準を明確にし、定期的なフィードバックを行うことで、従業員の納得感を高める必要があります。
また、基本給の設定だけでなく、業績に応じたインセンティブや各種手当といった報酬体系を整備し、努力が報われる仕組みを構築することも、定着を促す上で効果的です。
福利厚生を充実させて働きがいを高める
福利厚生は、従業員の生活を支え、働きがいを高める上で重要な役割を果たします。
住宅手当や食事補助といった経済的な支援に加え、育児・介護休業制度の拡充やリフレッシュ休暇の導入など、従業員のライフステージや多様なニーズに応える制度を整えることが求められます。
特に、新しく加わったメンバーが早期に組織に溶け込めるよう支援するオンボーディングのプロセスを充実させることも、エンゲージメント向上に有効な施策です。
柔軟な働き方を実現できる労働環境を整備する
従業員一人ひとりの事情に合わせた柔軟な働き方の提供は、人材定着に大きく貢献します。
テレワークやフレックスタイム制度、時短勤務といった制度を導入し、働く場所や時間の選択肢を増やすことで、ワークライフバランスの改善につながります。
また、効率的に業務を進めるためのITツールの導入や、高性能なPCの支給といった物理的な環境整備も重要です。
こうしたシステム面の改善は、従業員の満足度と生産性を同時に高める効果が期待できます。
キャリア開発やスキルアップの機会を提供する
従業員が自身の成長を実感し、将来のキャリアパスを描ける環境は、エンゲージメントを高める上で非常に重要です。
企業は、社内研修や外部セミナーへの参加支援、資格取得奨励制度などを通じて、従業員のスキルアップを積極的に後押しするべきです。
また、定期的な1on1面談を実施し、個々の目標やキャリアプランについて話し合う機会を設けることも有効です。
タレントマネジメントの視点から、個々の成長を組織として支援する姿勢が求められます。
社内コミュニケーションを活性化させる仕組みを導入する
良好な人間関係は、働きやすさに直結する重要な要素です。
部署や役職の垣根を越えたコミュニケーションが活発な組織は、風通しが良く、従業員の孤立感を防ぎます。
- メンター制度の導入
- 社内イベントの開催
- フリーアドレス制の採用
など、従業員同士の交流を促す仕組みづくりが効果的です。
特に、チーム内での情報共有や連携がスムーズに行われる環境は、一体感を醸成し、組織全体のパフォーマンス向上にも寄与します。
【マーケティング編】顧客維持に貢献するリテンション施策
マーケティングにおけるリテンションは、顧客との関係をいかにして維持し、深めていくかが鍵となります。
一度きりの購入で終わらせず、長期的なファンになってもらうためには、継続的なコミュニケーションと付加価値の提供が欠かせません。
顧客のニーズや行動段階に合わせた様々な施策を組み合わせることで、顧客満足度とロイヤルティを高めることが可能です。
ここでは、顧客維持に貢献する具体的な施策を5つ紹介します。
メールマガジンで定期的に有益な情報を届ける
メールマガジンは、顧客と継続的な接点を持ち、自社の存在を思い出してもらうために、現在も有効な手段です。
単なるセールス情報の配信に留まらず、顧客の課題解決に役立つ情報や、製品の上手な活用方法などを提供することで、信頼関係を築くことができます。
メールマガジンの本質は顧客とのダイレクトな対話ツールであると捉え、相手にとって価値のあるコンテンツを届ける視点が重要です。
これにより、顧客の関心を引きつけ、再購入やサイトへの再訪問を促します。
SNSを活用して顧客との双方向な関係を築く
SNSは、企業からの一方的な情報発信だけでなく、ユーザーとのインタラクティブなコミュニケーションを可能にするプラットフォームです。
新製品情報やキャンペーン告知はもちろん、ユーザーからのコメントや質問に迅速に返信することで、親近感や信頼感を醸成できます。
Webサイトや専用アプリと連携させ、ユーザー参加型の企画を実施することも効果的です。
これにより、顧客との間にエンゲージメントが生まれ、ブランドに対する愛着を深めることにつながります。
リテンション広告でサービスの再利用を促す
リテンション広告とは、一度自社のWebサイトを訪問したり、商品をカートに入れたりしたものの、購入には至らなかったユーザーに対して、再度広告を表示する手法です。
これはリターゲティング広告(略してリタゲ)とも呼ばれ、ユーザーの興味関心に基づいた広告を配信することで、サービスの存在を思い出させ、再検討を促します。
また、一度購入した顧客に対して関連商品やアップグレードを勧める広告を出すことも、リピート購入を促進する上で非常に効果的です。
カスタマーサクセスで顧客の成功体験を支援する
カスタマーサクセスとは、顧客が製品やサービスを最大限に活用し、期待していた成果(成功)を得られるように、能動的に支援する取り組みです。
従来の受動的なカスタマーサポートとは異なり、顧客のビジネス課題に寄り添い、定期的なフォローアップや活用方法の提案を行います。
この能動的なアプローチにより、顧客は製品の価値を深く実感し、満足度が高まります。
結果として、解約率の低下と契約の継続につながり、LTVを向上させる上で極めて重要な役割を果たします。
会員限定の特典やイベントで特別感を提供する
顧客ロイヤルティを高めるためには、「特別な顧客」として扱われているという実感を持ってもらうことが重要です。
会員ランク制度を設け、利用頻度や購入金額に応じて特典内容を変えたり、会員限定のセールや新製品の先行販売イベントを実施したりすることで、優越感や満足感を提供できます。
このような特別感のあるサービスは、顧客の離反を防ぎ、利用サイクルを長期化させる効果が期待できます。
定期的に施策の効果をテストし、内容を改善していくことも大切です。
リテンション施策で成果を上げた企業の成功事例
リテンション施策は、理論だけでなく、実際のビジネス現場でどのように機能し、どのような成果を生むのでしょうか。
ここでは、人事領域とマーケティング領域において、リテンション向上に成功した企業の具体的な事例を紹介します。
これらの成功例から、自社の課題解決につながる施策のヒントを得ることができます。
【人事の事例】コミュニケーション施策の実施で離職率が大幅に改善
あるIT企業では、若手社員の離職率の高さが課題となっていました。
そこで、従業員のエンゲージメントを可視化するため、匿名のアンケートを定期的に実施する仕組みを導入しました。
その結果をまとめたレポートから、部署間のコミュニケーション不足やキャリアパスの不透明性が不満の原因であることが判明しました。
対策として、部署横断での懇親会費用の補助や、上司と部下がキャリアについて話し合う1on1ミーティングを制度化。
この計らいにより、社内の風通しが良くなり、離職率が前年比で半減する成果を上げました。
【マーケティングの事例】顧客サポート体制の強化でLTVが向上
あるBtoB向けのクラウドサービスを提供する企業は、解約率の高さに悩んでいました。
原因を分析したところ、多くの顧客がサービスを十分に使いこなせていないことが分かりました。
そこで、従来の問い合わせ対応中心のサポート体制を見直し、顧客の成功を能動的に支援するカスタマーサクセス部門を設立しました。
導入時の丁寧なオンボーディングや、活用度に応じたフォローアップを強化した結果、顧客のサービス定着率が大幅に向上。
解約率が低下しただけでなく、アップセルも増加し、LTVの向上に成功。
顧客満足度の高い企業というイメージも定着しました。
まとめ
リテンションは、人事とマーケティングの両領域において、企業の持続的な成長を支える上で不可欠な概念です。
施策を実行する際には、各部署の連携を円滑にする調整役が求められます。
また、従業員や顧客との関係性を強固なものにするという視点が欠かせません。
リアルタイムで課題を把握し、価値のある人材や顧客という資産を守り育てるため、状況に応じて施策を編集し続ける姿勢が重要です。

