マーケティングリサーチにおける定量調査と定性調査は、それぞれ異なる目的とメリットを持つ手法です。
この二つの違いを理解し、調査の目的に応じて適切に使い分けることが、効果的なマーケティング戦略の立案には不可欠です。
本記事では、定性調査と定量調査の基本的な違いとは何か、それぞれのメリット・デメリット、そして実際のマーケティング活動における具体的な使い分けについて解説します。
数値で実態を把握する「定量調査」とは
定量調査とは、アンケートなどを通じて「はい・いいえ」の回答数や満足度スコア、購入個数といった、数値や量で表せるデータを収集し、分析する調査手法です。
この調査の主な目的は、収集したデータを統計的に処理することで、市場の全体的な傾向や構造、割合などを客観的に把握することにあります。
多くの対象者からデータを集めることで、結果の一般化が可能になり、特定の集団の意見や行動の実態を明らかにします。
言葉や行動の背景を探る「定性調査」とは
定性調査とは、インタビューや行動観察などを通じて、数値化することが難しい「言葉」や「行動」、「感情」といった質的なデータを収集し、その背景にある深層心理や潜在的なニーズを探る調査手法です。
この調査の目的は、対象者がなぜそう思うのか、なぜそのような行動をとるのかといった「Why(なぜ)」を深く理解することにあります。
個々の具体的な意見や体験から、新しい商品開発のヒントや仮説を発見するために用いられます。
定量調査と定性調査の明確な違いを3つのポイントで比較
定量調査と定性調査は、目的や得られるデータの性質が大きく異なります。
マーケティング課題を解決するためには、これらの違いを正しく理解し、状況に応じて最適な手法を選択する必要があります。
ここでは、調査における「目的」「得られるデータ」「対象人数」という3つのポイントから、両者の明確な違いを比較し、それぞれの特徴を明らかにしていきます。
調査目的の違い:仮説の検証か、仮説の発見か
定量調査と定性調査の最も大きな違いは、その調査目的です。
定量調査の主な目的は、すでにある仮説が市場全体にどの程度当てはまるかを数値で検証することにあります。
例えば、「30代女性は健康志向のスイーツを好むだろう」という仮説を立て、アンケート調査でその購入意向の割合を測定するといったケースです。
一方、定性調査の目的は、消費者インサイトの発見や仮説の構築です。
まだ明らかになっていない消費者のニーズや課題を探るために、「なぜ健康志向のスイーツを選ぶのか」といった動機をインタビューで深掘りし、新しい商品開発のヒントとなる仮説を見つけ出します。
得られるデータの違い:数値で示すか、言葉で表現するか
収集できるデータの種類も両者の明確な違いです。
定量調査では「満足度5点満点中4.2点」「回答者の60%が購入したいと回答」といったように、数値化された客観的なデータが得られます。
このデータはグラフなどで視覚化しやすく、誰が見ても同じ解釈ができる点が特徴です。
対して定性調査では「パッケージが可愛いからつい手に取ってしまう」「甘さ控えめなのが嬉しい」といった、対象者の具体的な発言や感情、行動に関する言語データが中心となります。
これらのデータは数値で表すことは難しいものの、消費者の生の声として、製品開発や改善の貴重なヒントを含んでいます。
対象人数の違い:全体像の把握か、個別の深掘りか
調査の対象となる人数の規模も大きく異なります。
定量調査は、結果を統計的に分析し、市場全体の傾向を把握することが目的であるため、数百から数千といった多くの人数を対象に行うのが一般的です。
これにより、結果の一般化が可能になるというメリットがあります。
一方で定性調査は、一人ひとりの意見や行動を深く掘り下げることが目的であり、多くの人数を対象にすると分析が困難になるため、数名から十数名程度の少人数で行われます。
個別の事例を深く理解することに特化しており、全体像の把握ではなく、深いインサイトを得ることにメリットがあります。
定量調査から得られるメリット
定量調査の最大のメリットは、数値データに基づいた客観的な分析が可能な点です。
調査結果はグラフや表を用いて視覚的に分かりやすく示せるため、組織内での合意形成や意思決定をスムーズに進める上で非常に有効です。
多くの対象者からデータを収集することで、市場全体の傾向や構造を統計的に把握し、施策の優先順位付けや効果測定を的確に行うための根拠を得られます。
結果を数値で示せるため客観性が高く説得力がある
定量調査のメリットは、調査結果を数値という客観的な指標で示せる点です。
例えば、新製品AとBのどちらを発売すべきか判断する際に、「A案の購入意向は65%、B案は35%」といった具体的な数値データがあれば、主観を排した合理的な意思決定が可能になります。
このような客観的な根拠は、特に経営層への報告やプレゼンテーションの場面で高い説得力を持ちます。
感覚的な判断ではなく、事実に基づいたデータを用いるこの方法は、関係者の納得感を得やすくし、プロジェクトを円滑に進めるための重要な要素となります。
全体の傾向を把握しやすく次のアクションを決めやすい
定量調査は、市場や顧客全体の傾向を把握するのに適しています。
例えば、大規模なWebアンケートを実施することで、「どの年代が自社製品を最も購入しているか」「競合製品と比較してどの機能が評価されているか」といった全体像を正確に捉えられます。
こうしたマクロな視点からの分析結果は、次に取るべき具体的なアクションを明確にする上で役立ちます。
ターゲットとすべき顧客セグメントを特定したり、改善すべき機能の優先順位を判断したりと、データに基づいた戦略的なマーケティング施策の立案に直結するのです。
定量調査で注意すべきデメリット
定量調査は客観的なデータを得られる一方で、いくつかのデメリットも存在します。
例えば、アンケート調査では、設定された質問と選択肢の範囲内でしか回答が得られないため、想定外の意見や新しい発見を得る機会は限られます。
また、数値として現れた結果の裏にある「なぜ」という理由や背景までは深く探ることが難しく、データの解釈には注意が必要です。
これらの点を理解しておくことが重要になります。
数値の裏にある「なぜ」という理由までは分からない
定量調査の大きなデメリットは、数値結果の背景にある理由や文脈を明らかにできない点です。
例えば、顧客満足度アンケートで「製品Aの満足度が低い」という結果が出たとしても、なぜ満足度が低いのか、具体的にどの点に不満があるのかまでは分かりません。
デザインの問題なのか、機能性なのか、あるいは価格なのか、その原因を特定するには追加の調査が必要です。
このように、定量調査は「何が起きているか(What)」を把握することは得意ですが、「なぜそれが起きているのか(Why)」を深掘りするには限界があります。
調査票にない意見や想定外の回答は得にくい
定量調査、特に選択式のアンケート調査では、あらかじめ設計した調査票の質問項目や選択肢の範囲内でしか回答を得られません。
そのため、調査設計者が想定していなかった消費者の意見や、新しい視点、斬新なアイデアなどを収集することは困難です。]
自由回答欄を設ける方法もありますが、回答を得られる割合が低かったり、得られた回答の分析に手間がかかったりする課題があります。
結果として、既存の仮説を検証することには長けているものの、新たな発見やインサイトを得る機会を逃してしまう可能性があるのです。
定性調査から得られるメリット
定性調査は、数値では捉えきれない消費者の生の声や本音に触れられる点が大きなメリットです。
例えば、インタビューを通じて対象者の言葉のニュアンスや表情を直接観察することで、商品に対するリアルな感情や潜在的なニーズを深く理解できます。
これにより、消費者自身もまだ言葉にできていないようなインサイトを発見し、革新的な商品開発やサービスの改善に繋がる貴重なヒントを得ることが可能になります。
消費者自身も気づいていない潜在的なニーズを発見できる
定性調査の大きなメリットは、消費者自身も明確に意識していない潜在的なニーズを発見できる可能性を秘めている点です。
対話や行動観察を通じて、対象者の何気ない一言や無意識の行動の中に、新しい商品やサービスのヒントが隠されていることがあります。
例えば、ある製品の使いにくさについての不満を聞いているうちに、全く新しい利用シーンや、これまでになかった機能への要望が見つかるケースがあります。
こうした発見は、市場にまだ存在しない画期的なアイデアを生み出す源泉となり、企業の競争優位性を築く上で非常に重要です。
商品やサービスに対するリアルな意見や感情に触れられる
定性調査では、対象者の言葉遣いや表情、声のトーンといった非言語的な情報を含め、商品やサービスに対するリアルな反応を直接感じ取れます。
例えば、新商品のパッケージデザインを見せた際の第一声や、試作品を手に取ったときの表情の変化は、アンケートの評価点数だけでは決して分からない貴重な情報です。
こうした生々しいフィードバックは、消費者が製品に抱く期待や不満、愛着といった感情的な側面を深く理解する手がかりとなります。
この理解は、顧客の心に響くコミュニケーション戦略やブランド構築に活かすことができます。
定性調査で注意すべきデメリット
定性調査は深いインサイトを得られる一方で、その使い分けには注意が必要です。
少人数を対象とするため、得られた意見が市場全体の総意であるとは限りません。
また、結果の解釈が調査員のスキルや主観に左右されやすいという側面もあります。
そのため、マーケティングリサーチにおいては、単独で用いるだけでなく、定量調査との組み合わせによってそのデメリットを補完することが効果的なアプローチとなります。
調査対象者の意見が必ずしも全体の意見とは限らない
定性調査は少数の対象者から深い情報を得る手法であるため、その結果はあくまで個人の意見や経験に基づくものです。したがって、調査で得られた意見を市場全体の意見として一般化してしまうことには大きなリスクが伴います。
例えば、インタビューした3人が全員「この機能は不要だ」と述べたとしても、それがターゲット顧客全体の総意であるとは断定できません。
定性調査で得た発見はあくまで「仮説」と捉え、必要に応じて定量調査でその仮説が市場全体に当てはまるかを検証する、といった組み合わせが重要です。
分析に時間がかかり調査員のスキルに依存しやすい
定性調査は、データの分析に多くの時間と労力を要します。
インタビューの逐語録を作成し、発言内容を丁寧に読み解きながら、背景にあるインサイトを抽出する作業は、アンケートの単純集計のように簡単にはいきません。
また、結果の質は、インタビュアーの質問力や傾聴力、分析者の解釈力といった個人のスキルに大きく依存します。
優秀な調査員は対象者から本音を引き出し、発言の裏にある意味を的確に読み取れますが、そうでなければ表面的な意見の収集に終わってしまう可能性もあります。
そのため、信頼できる調査パートナーの選定や、定量調査との組み合わせによる客観性の担保が求められます。
【目的別】定量調査の代表的な手法
定量調査には様々な手法が存在し、調査の目的や対象、予算に応じて最適なものを選ぶ必要があります。
例えば、幅広い層の意識を把握したい場合と、特定の条件下での製品評価を行いたい場合とでは、用いるべき手法は異なります。
ここでは、マーケティングリサーチで頻繁に活用される代表的な定量調査の手法をいくつか紹介し、それぞれの特徴と適した利用シーンを解説します。
幅広い層にアプローチできる「Webアンケート調査」
Webアンケート調査は、インターネットを通じて多数の対象者にアンケートを配信する手法です。
比較的低コストかつ短期間で、性別や年齢、居住地などを指定して幅広い層からデータを収集できるのが大きな特徴です。
市場全体の認知度や利用実態、ブランドイメージの把握といった、全体像を掴むための調査に適しています。
また、画像や動画を提示して評価を求めることも可能であり、広告クリエイティブの評価やパッケージデザインの比較検討など、様々な目的で活用される汎用性の高い手法です。
発売前の商品を試してもらう「会場調査(CLT)」
会場調査(Central Location Test)は、指定の会場に対象者を集め、発売前の製品などを実際に試してもらい、その場で評価を収集する調査手法です。
調査員が管理する同一の環境下で実施するため、条件を統制した正確な比較評価が可能です。
特に、味や香り、触感といった五感に訴える製品の評価や、パッケージデザインの印象評価、広告コピーの比較検討などに適しています。
Webアンケートでは評価が難しい項目について、具体的なフィードバックを得たい場合に有効な選択肢となります。
実際の生活環境で評価してもらう「ホームユーステスト」
ホームユーステストは、対象者に製品を自宅へ送付し、一定期間、実際の生活環境の中で使用してもらった後に評価を収集する調査手法です。
日常生活の中で長期間使用することで、購入直後には分からない製品の使い勝手や効果、耐久性などをリアルに評価してもらえるのが特徴です。
化粧品や日用品、食品、家電製品など、継続的な使用が前提となる商品の評価に適しています。
発売前に製品の課題点を洗い出したり、使用満足度を測定したりする目的で実施されます。
【目的別】定性調査の代表的な手法
定性調査は、消費者の深層心理や潜在的なニーズを探るために様々な手法が用いられます。
1対1でじっくり話を聞くのか、複数人で意見を交わし合うのかなど、知りたい情報の種類や深さに応じて最適な手法を選択することが重要です。
ここでは、マーケティングの現場でよく利用される代表的な定性調査の手法を取り上げ、それぞれの特徴と効果的な活用場面について説明します。
参加者同士の意見交換で発想を広げる「グループインタビュー」
グループインタビューは、4〜6名程度の対象者を1つの会場に集め、司会者の進行のもとで特定のテーマについて自由に話し合ってもらう調査手法です。
この手法の最大の特徴は、参加者同士の発言が互いに刺激となり、意見が連鎖反応を起こす「グループダイナミクス」が働く点にあります。
これにより、個人では思いつかなかったような多様な意見や新しいアイデアが生まれやすくなります。
新商品のコンセプト探索や、既存商品の改善点の洗い出し、広告キャンペーンのアイデア出しなど、発想の広がりを求める調査に適しています。
1対1で対象者の本音をじっくり聞く「デプスインタビュー」
デプスインタビューは、インタビュアーと対象者が1対1の形式で、1〜2時間かけてじっくりと対話を行う調査手法です。
周囲の目を気にすることなくリラックスした雰囲気で話せるため、お金の話や健康上の悩みといったプライベートな話題や、他人の前では話しにくいテーマについても、深い本音を引き出しやすいのが特徴です。
特定の購買行動の背景にある価値観やライフスタイル、ブランドに対する個人的な思い入れなどを深掘りしたい場合に非常に有効な手法です。
普段の行動を観察して無意識のニーズを探る「行動観察調査」
行動観察調査(エスノグラフィ)は、調査対象者の自宅や職場、買い物の現場などを調査員が訪問し、普段の生活における実際の行動を観察することで、インサイトを探る手法です。
この手法の大きな特徴は、対象者が言葉では説明できない、あるいは本人も意識していない無意識の行動や習慣から、潜在的なニーズや課題を発見できる点にあります。
例えば、キッチンでの調理の様子を観察することで、既存の調理器具の使いにくさや、新しい製品のアイデアを発見することがあります。
言葉にされない本音を探るのに適した手法です。
マーケティングにおける効果的な使い分けと組み合わせ方
定量調査と定性調査は、それぞれに得意な領域と限界があります。
そのため、優れたマーケティングリサーチは、どちらか一方の手法に偏るのではなく、調査の目的やフェーズに応じて両者を適切に使い分け、時には組み合わせることが重要です。
これにより、市場の全体像と個々の消費者の深層心理の両方を理解し、より精度の高い意思決定を行うことが可能になります。
市場の全体像や実態を把握したい場合は「定量調査」
自社ブランドの市場におけるポジションや、ターゲット顧客の規模、製品の浸透率といった、市場の全体像や構造を数値で正確に把握したい場合には、定量調査が最適です。
例えば、Webアンケート調査を用いて数千人規模のデータを収集し、顧客を年齢や価値観で分類するセグメンテーション分析を行ったり、広告キャンペーン実施前後の認知度を比較して効果測定を行ったりします。
こうしたデータは、事業戦略やマーケティング戦略の方向性を定める上での客観的な根拠となり、的確な意思決定を支援します。
新商品のアイデアやコンセプトのヒントを得たい場合は「定性調査」
市場にまだない新しい商品のアイデアを探したり、顧客の心に響くコンセプトを開発したりする際には、定性調査がその真価を発揮します。
インタビューを通じて消費者の日常生活における満たされない欲求や潜在的な不満、あるいは隠れた願望などを探ることで、画期的な商品開発のヒントを得られます。
なぜその商品が選ばれるのか、どのような価値を提供すれば顧客は喜ぶのかといった、ブランドの根幹となるインサイトを発見するためには、数値だけでは見えてこない、一人ひとりのリアルな声に耳を傾けることが不可欠です。
【定性→定量】仮説構築から検証までの流れを作る組み合わせ
効果的なリサーチの進め方として、まず定性調査で仮説を構築し、次に定量調査でその仮説を検証するという組み合わせがあります。
例えば、新商品のアイデアを探るために数名のグループインタビューを実施し、「健康志向だけでなく、時短調理のニーズも高いのではないか」という仮説を得ます。
その後、その仮説が市場全体にどの程度当てはまるのかを確認するため、大規模なWebアンケート調査を行い、購入意向や重視するポイントを数値で測定します。
この流れにより、インサイトに基づいた仮説の確からしさを高め、自信を持って商品開発を進められます。
【定量→定性】アンケート結果の理由を深掘りする組み合わせ
上記の逆のパターンとして、先に定量調査を行い、その結果の背景にある理由を定性調査で深掘りする組み合わせも非常に有効です。
例えば、顧客満足度アンケートで「サポートセンターの評価が低い」という数値結果が得られたとします。
しかし、その数値だけでは具体的な改善策を立てることは困難です。
そこで、評価が低かった顧客にデプスインタビューを実施し、「電話が繋がりにくい」「説明が分かりにくい」といった具体的な不満の理由を詳しくヒアリングします。
これにより、問題の根本原因を特定し、的確な改善アクションに繋げられます。
まとめ
定量調査と定性調査は、異なる役割を持つマーケティングリサーチ手法です。
定量調査は数値データを用いて市場の全体像や実態を客観的に把握し、仮説を検証するのに適しています。
一方、定性調査は言葉や行動といった質的データから消費者の深層心理や潜在的ニーズを探り、新たな仮説を発見することに長けています。
どちらか一方が優れているわけではなく、調査の目的やフェーズに応じて適切に使い分けることが重要です。
さらに、両者を組み合わせることで、一方のデメリットを補い、より深く、確かな顧客理解に基づいたマーケティング戦略の立案が可能になります。