現代のマーケティングにおいて、顧客エンゲージメントという概念の重要性が増しています。
これは、顧客と企業との間に築かれる深い信頼関係を指し、企業の持続的な成長を支える基盤となります。
この記事では、顧客エンゲージメントとは何かという基本的な定義から、エンゲージメントを高めるための具体的なステップ、効果を測定する指標、そして他社のマーケティング成功事例までを網羅的に解説します。
顧客エンゲージメントとは企業と顧客の深い信頼関係のこと
顧客エンゲージメントとは、企業やそのブランド、サービスに対して顧客が抱く、単なる満足を超えた愛着や信頼関係を意味します。
言い換えれば、お客様がその企業のファンとなり、自発的に関わりを持とうとする心理的なつながりの深さを示します。
この顧客のエンゲージメントは、商品を購入するといった行動だけでなく、企業のSNSをフォローしたり、イベントに参加したりするなど、様々な使い方で表現される概念です。
顧客満足度との決定的な違い
顧客エンゲージメントと顧客満足度は混同されがちですが、両者には明確な違いが存在します。
顧客満足度は、特定の商品購入やサービス利用といった過去の体験に対する、一過性の評価です。
例えば、「今回の買い物には満足した」という感情がこれにあたります。
一方、顧客エンゲージメントは、過去の体験だけでなく、未来にわたる企業との継続的な関係性への期待や信頼感を含む、長期的かつ能動的な概念です。
満足度が高い顧客が必ずしもリピーターになるとは限りませんが、エンゲージメントが高い顧客は、自発的にその企業を支持し、関係を維持しようとします。
顧客ロイヤルティとの関連性
顧客エンゲージメントは、顧客ロイヤルティと非常に近い関係にある概念です。
顧客ロイヤルティは、顧客の「忠誠心」を意味し、特定企業の商品やサービスを継続的に選択・購入し、他者にも推奨するといった行動面に重きが置かれます。
これに対して顧客エンゲージメントは、そうしたロイヤルティの高い行動の基盤となる、より深い心理的なつながりや共感を包含する概念として捉えられます。
つまり、エンゲージメントが高まる結果として、ロイヤルティの高い行動が生まれるという関係性で、エンゲージメントはロイヤルティの先行指標ともいえるでしょう。
顧客エンゲージメントがビジネスで重要視される3つの理由
現代のビジネス環境において、顧客エンゲージメントを高める施策がなぜこれほどまでに重要視されるのでしょうか。
市場の成熟化やデジタル化により、顧客は無数の選択肢の中から商品やサービスを選べるようになりました。
このような状況下で、企業が持続的に成長するためには、顧客との関係を強化し、エンゲージメントを向上させることが不可欠です。
ここでは、その具体的な理由を3つの側面から解説します。
LTV向上による収益の安定化
顧客エンゲージメントが高い顧客は、特定の商品やサービスを一度きりの利用で終えるのではなく、継続的に購入・利用してくれる傾向が強いです。
さらに、関連商品やより高価格帯のサービスへ移行するアップセルやクロスセルにもつながりやすくなります。
これにより、顧客一人ひとりが生涯にわたって企業にもたらす利益(LTV)が向上します。
あらゆる顧客接点において良好な関係を築くことで、既存顧客からの収益が安定し、新規顧客の獲得コストに過度に依存しない、健全な事業基盤の構築が可能になります。
口コミや紹介による新規顧客の獲得
企業やブランドに対して強い愛着を持つ顧客は、製品やサービスを友人や知人、SNSなどを通じて自発的に推奨してくれる「熱心なファン」としての役割を果たします。
第三者からの信頼性の高い口コミや紹介は、広告よりも強力な影響力を持ち、効率的に新規顧客を獲得する手段となり得ます。
この推奨行動は、後述するNPSなどの指標を用いて測定・評価することも可能です。
エンゲージメントの高い顧客は、企業のマーケティング活動における強力なパートナーとなり、広告宣伝費を抑えながら事業を拡大する上で重要な存在となります。
顧客からのフィードバックによるサービス改善
顧客と企業の間に強固な信頼関係が築かれると、顧客は単なる消費者としてだけでなく、事業をより良くするためのパートナーとして、建設的な意見や要望を積極的に提供してくれるようになります。
NPS調査の自由回答欄やカスタマーサポートへの声、SNSでの言及など、顧客から寄せられるフィードバックは、サービスや商品の改善点を特定し、新たな開発のヒントを得るための貴重な情報源です。
企業がこれらの声に真摯に耳を傾け、改善に活かす姿勢を示すことは、顧客満足度の向上はもちろん、さらなるエンゲージメントの深化を促す好循環を生み出します。
顧客エンゲージメントを高めるための5つのステップ
顧客エンゲージメントを効果的に向上させるためには、計画的なアプローチが求められます。
単に思い付きの施策を打つのではなく、現状を正しく分析し、明確な目標を立て、体系的なプロセスに沿って実行と改善を繰り返すことが重要です。
ここでは、LTV向上などのビジネス成果に結びつけるための、実践的な5つのステップを紹介します。
この手順を踏むことで、施策の精度を高め、着実に成果を出すことが可能になります。
ステップ1:具体的な目標(KGI・KPI)を設定する
最初に、顧客エンゲージメント向上の取り組みによって最終的に何を実現したいのか、そのゴール(KGI:重要目標達成指標)を明確にします。
例えば、「LTVを前年比で15%向上させる」や「解約率を3%未満に抑える」といった、具体的かつ測定可能な目標を立てます。
次に、そのKGIを達成するための中間指標となるKPI(重要業績評価指標)を設定。
「NPSを10ポイント改善する」「リピート購入率を5%上げる」などがKPIの例です。
これらの指標は、CRMや分析ツールを用いて客観的に追跡できるものを選び、組織全体で目標を共有します。
ステップ2:現状の課題を正確に把握する
設定した目標と現状との間に存在するギャップを明らかにするため、自社の顧客エンゲージメントがどのような状態にあるのかを多角的に分析します。
顧客アンケート、インタビュー、NPS調査、Webサイトのアクセス解析、CRMに蓄積された顧客データなどを活用し、顧客がどのプロセスで不満を感じているか、あるいは離脱しているかを特定します。
他社の成功事例を参考にするのは有効ですが、あくまで自社固有の課題を見つけ出すことが重要です。
例えば、「初回購入後のフォローが不足しているため、リピートにつながっていない」といった具体的な問題点を洗い出します。
ステップ3:カスタマージャーニーマップで顧客接点を可視化する
顧客が商品を認知し、興味を持ち、購入を検討し、実際に利用し、アフターサポートを受けるまでの一連の体験を時系列で描き出す「カスタマージャーニーマップ」を作成します。
このマップ上には、Webサイト、SNS、店舗、メルマガ、アプリ、コールセンターなど、顧客と企業が接触するすべての接点(タッチポイント)を洗い出します。
それぞれの接点における顧客の行動、思考、感情をマッピングすることで、どの段階でエンゲージメントが低下、あるいは向上しているのかを視覚的に理解できます。
これにより、改善すべき優先的な顧客接点が明確になります。
ステップ4:各接点における顧客体験(CX)を向上させる施策を実行する
カスタマージャーニーマップによって特定した課題のある顧客接点において、顧客体験(CX)を向上させるための具体的な施策を実行に移します。
例えば、「商品の使い方が分かりにくい」という課題があれば、チュートリアル動画を作成してWebサイトに掲載する。
「問い合わせへの返信が遅い」という課題があれば、FAQを充実させたり、チャットボットを導入したりする、といった対策が考えられます。
重要なのは、一つの施策で終わらせるのではなく、顧客の視点に立って、一貫性のある快適な体験を提供し続けることです。
複数の施策に優先順位をつけ、計画的に実施します。
ステップ5:効果測定と改善を繰り返す(PDCAサイクル)
実行した施策が、ステップ1で設定したKPIやKGIの達成にどれだけ貢献したかを、データに基づいて定量的に評価します。
施策の前後でNPSのスコアや解約率、リピート率がどのように変化したかを定期的にモニタリングします。もし期待した効果が得られなかった場合は、その原因を分析し、アプローチを修正します。
このように、Plan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Action(改善)のPDCAサイクルを継続的に回すことで、顧客エンゲージメント向上の取り組みは徐々に洗練され、より大きな成果へとつながっていきます。
一度きりの施策で終わらせないことが肝心です。
顧客エンゲージメントを測るための主要な5つの指標
顧客エンゲージメントは抽象的な概念であるため、そのレベルを正確に把握し、向上施策の効果を客観的に判断するためには、適切な指標を用いて可視化することが不可欠です。
ここでは、企業の現場で広く活用されている5つの主要な指標を紹介します。
これらの指標を複合的に用いることで、顧客との関係性の状態を多角的に理解し、データに基づいた意思決定を行うことが可能になります。
NPS(ネット・プロモーター・スコア)で推奨度を測る
NPS(Net Promoter Score)は、「この企業(商品・サービス)を友人や同僚に勧める可能性はどのくらいありますか?」という質問への回答を0から10の11段階で評価してもらい、顧客の推奨意向を数値化する指標です。
回答者を「推奨者(9〜10点)」「中立者(7〜8点)」「批判者(0〜6点)」に分類し、推奨者の割合から批判者の割合を引いた値がスコアとなります。
このスコアは、顧客ロイヤルティやエンゲージメントの高さをシンプルに示し、企業の将来的な収益性と強い相関があるとされています。
スコアの推移を追うだけでなく、推奨・批判の理由を分析することで具体的な改善点を発見できます。
LTV(顧客生涯価値)で長期的な収益性を評価する
LTV(LifeTimeValue)は、一人の顧客が企業との取引を開始してから終了するまでの全期間にわたって、どれだけの利益をもたらすかを算出した指標です。
LTVが高い顧客は、長期間にわたり継続的に商品やサービスを利用し、アップセルやクロスセルにも応じてくれるエンゲージメントの高い優良顧客であると評価できます。
顧客エンゲージメント向上の施策が、最終的に企業の収益にどれだけ貢献しているかを直接的に示す指標であり、投資対効果を測定する際にも重要です。
顧客セグメントごとにLTVを分析することで、注力すべき顧客層を特定することも可能です。
解約率(チャーンレート)で顧客離れを監視する
解約率(チャーンレート)は、特定の期間内にどれだけの顧客がサービスの利用を停止したかを示す割合です。
特に、SaaSやサブスクリプション型のビジネスモデルにおいて、顧客エンゲージメントの低下を直接的に示す最も重要な指標の一つです。
解約率が高い状態は、顧客が提供価値に満足していない、あるいは競合他社に魅力を感じているなど、何らかの問題が存在することを示唆します。
この数値を継続的に監視し、上昇傾向が見られた場合には速やかに原因を究明し対策を講じなければ、収益基盤が大きく損なわれる可能性があります。
リピート率で顧客の再購入意欲を確認する
リピート率は、全購入顧客のうち、2回以上購入してくれた顧客の割合を示す指標です。
初回購入で終わらず、再度その企業を選んでくれたという事実は、顧客がその商品やサービスに一定の価値を感じ、関係を継続したいと考えている証拠です。
特にECサイトや小売店など、都度購入が発生するビジネスにおいて、顧客の定着度合いを示す基本的な指標となります。
初回購入者向けのフォローアップ施策やポイントプログラムなどの効果を測定する際にも活用されます。
高いリピート率は、安定した売上の基盤となり、顧客エンゲージメントが良好な状態にあることを示唆します。
レビューの評価や件数で顧客の声を分析する
ECサイトの商品レビュー、Googleマップの口コミ、SNS上での言及など、顧客が自発的に発信する声は、エンゲージメントを測るための貴重な定性情報です。
レビューの星の数などの評価スコアや、投稿件数の多さは、顧客の関心度や満足度を測る指標となります。
特に、熱量の高い好意的なレビューは、エンゲージメントが高いことの明確な証拠です。
一方で、ネガティブなレビューも、サービスの具体的な問題点を特定し、改善に繋げるための重要な手がかりを含んでいます。
これらのテキストデータを分析することで、顧客が何を評価し、何に不満を持っているのかを深く理解できます。
顧客エンゲージメント向上を成功させるための4つのコツ
顧客エンゲージメントを高める施策を計画実行する上で、効果を最大化するためには重要な心構えがあります。
単にツールを導入したり、キャンペーンを実施したりするだけでは、持続的な成果には結びつきにくいものです。
ここでは、施策を成功に導くために意識すべき4つのコツを紹介します。
これらの視点を持つことで、戦略的かつ効果的なアプローチが可能になります。
顧客一人ひとりに合わせたパーソナライズ対応を行う
全ての顧客に対して画一的なメッセージを送るのではなく、個々の顧客の興味関心、購買履歴、行動データなどに基づいて、コミュニケーションや提供する情報を最適化するアプローチが極めて有効です。
例えば、過去に閲覧した商品に関連する情報をメールで届けたり、顧客の属性に合わせた特別なオファーを提示したりすることで、顧客は「自分のことを理解してくれている」と感じます。
このような一人ひとりに寄り添ったパーソナライズ対応は、顧客との心理的な距離を縮め、企業への信頼感と愛着を深める上で欠かせない要素です。
部門の垣根を越えて全社で一貫した体験を提供する
顧客はマーケティング部門が発信する広告、営業担当者からの提案、購入後のカスタマーサポート部門の対応など、企業の様々な部門と接点を持ちます。
これらの接点で提供される情報や対応にばらつきがあると、顧客は不信感を抱き、エンゲージメントは低下します。
これを防ぐためには、各部門が持つ顧客情報を一元的に管理・共有し、どの担当者が対応しても一貫した高品質な顧客体験を提供できる体制を構築することが必要です。
全社が一丸となって顧客に向き合う姿勢が、組織としての信頼性を高めます。
MAやCRMなどのITツールを有効活用する
多数の顧客一人ひとりに合わせた対応を人手だけで行うには限界があります。
そこで、MA(マーケティングオートメーション)やCRM(顧客関係管理)といったITツールを積極的に活用することが求められます。
CRMは顧客情報を一元管理し、社内での共有を容易にします。
MAは、顧客の行動をトリガーとして、あらかじめ設定したシナリオに基づいたメール配信やアプローチを自動化します。
これらのツールを使いこなすことで、データに基づいた効率的かつ効果的なコミュニケーションが実現し、エンゲージメント向上の施策を大規模に展開することが可能になります。
顧客から得たゼロパーティデータを施策に活かす
ゼロパーティデータとは、顧客がアンケートや好みに関する設定などを通じて、自らの意思で企業に直接提供するデータのことです。
Cookie規制の強化など、サードパーティデータの活用が難しくなる中で、顧客との信頼関係に基づいて得られるこのデータの価値はますます高まっています。
ゼロパーティデータを活用すれば、顧客の明確な意図や好みを深く理解し、より精度の高いパーソナライズ施策を展開できます。
顧客は自分の声がサービスに反映されることで、企業との結びつきをより強く感じ、エンゲージメントの向上につながります。
【業界別】顧客エンゲージメント向上のマーケティング成功事例
顧客エンゲージメントを向上させる具体的なアプローチは、業界の特性やビジネスモデルによって異なります。
ここでは、異なる3つの業界(小売業、航空会社、BtoB)におけるマーケティングの成功事例を取り上げます。
他社がどのような課題に対して、いかなる戦略と施策で顧客との関係を深めることに成功したのかを知ることは、自社の取り組みを考える上で大いに参考になるでしょう。
【小売業】アプリ活用で顧客との接点を増やした事例
ある大手小売企業は、独自のスマートフォンアプリを提供することで、顧客との継続的な接点を創出しています。
このアプリは、ポイントカード機能に加えて、顧客の購買履歴に基づいたパーソナライズされたクーポンの配信、セール情報の通知、さらにはアプリ限定のコンテンツ提供など、多彩な機能を搭載。
顧客はアプリを通じてお得な情報や便利な機能を享受できるため、日常的にアプリを起動する動機が生まれます。
企業側は、プッシュ通知などを通じて顧客とのコミュニケーションを維持し、店舗への来店を促進。
アプリから得られるデータを分析し、商品開発やサービス改善に活かすことで、顧客体験を向上させ、エンゲージメントを高めています。
【航空会社】パーソナライズされたサービスで顧客満足度を高めた事例
ある航空会社では、顧客データを活用し、一人ひとりの顧客に合わせたきめ細やかなサービスを提供することで高い評価を得ています。
CRMシステムに蓄積された過去の搭乗履歴、座席や食事の好み、記念日といった情報を基に、予約段階から空港での対応、機内サービスに至るまで、一貫したパーソナライズを実現。
例えば、頻繁に利用する顧客には、搭乗ゲートで客室乗務員が名前で挨拶をしたり、記念日のフライトではお祝いのメッセージを伝えたりします。
このような「自分だけの特別な体験」は、顧客に深い感動を与え、価格以上の価値を感じさせ、結果として強い信頼とエンゲージメントを育んでいます。
【BtoB】コミュニティサイトで顧客同士の交流を促進した事例
あるBtoBソフトウェア企業は、製品の契約ユーザーだけが参加できるオンラインコミュニティを運営しています。
このコミュニティは、単なる企業からの情報発信の場ではなく、ユーザー同士が製品の活用ノウハウを共有したり、課題について相談し合ったりする交流の場として機能。
企業はファシリテーターとして議論を活性化させ、ユーザーから直接製品改善のフィードバックを得ています。
ユーザーは他の企業の成功事例から学ぶことで製品の利用価値を最大限に引き出すことができ、孤独感なく活用を進められます。
顧客同士、そして企業とのつながりが深まることで、製品への愛着が高まり、解約率の低下に大きく貢献しています。
まとめ
顧客エンゲージメントは、企業と顧客との間の心理的なつながりを示し、顧客満足度やロイヤルティとも密接に関連する概念です。
このエンゲージメントを高めることは、LTVの向上や口コミによる新規顧客の獲得、サービス品質の向上に直結し、企業の持続的成長の原動力となります。
向上させるプロセスには、明確な目標設定、現状分析、ジャーニーマップ作成、施策実行、効果測定という一連のステップが存在します。
NPSやLTVなどの指標を用いてその度合いを可視化し、パーソナライズや部門間連携といった成功のコツを実践していくことで、施策の効果は高まります。